「Paw of The Tiger」 H2Hfr 7.1
1943年1月12日(表記では12日だが、この日に502重戦車大隊の戦闘記録はなく、よって翌13日にする)
レニングラードの東南、 シュリッセルブルグ回廊
German(defend) : Soviet(advance)
32ターン(でも勝敗は20ターンぐらいでつきます)
ASL CLASSIC SCENARIO #14
(実家に帰ったときに本棚から見つけたSL。本体自体はどこにいってしまったかわからずじまいだったが、シナリオと説明書がでてきた。それでぱらぱら見ているうちに見覚えがある題名だったので今回はこれに決定)
H2Hの冬季迷彩バージョンを使用
H2Hに対応させるためと時代考証にあわせて武器を修正
俺の名はdomo。
いや名前なんてこの際どうでもいい。
零下20度を超えるこの寒さ。全てが凍りつく。
スターリングラードで第6軍が包囲されていると聞く。
何百キロも離れてはいるが、この寒さだけは同じものなのだろう。
俺たち北方軍集団はレニングラードを包囲していた。
だがその包囲していたレニングラードも12月になるとラドガ湖が凍ってしまったために、そこを補給路にしてソ連軍は物資を補給していると言う。
そして年明け早々、大反抗が始まるとの情報だか噂だか知らないがそんなものが流れていた。
「ええぃ」俺はアルコールを一気に胃袋へ流し込んだ。
「いいんですか。見つかったら大変ですよ」若い兵士は俺を気づかって言う。
こんなに寒いときには、こいつに限る。ソ連兵だってそうしているんだ。
第一こうでもしなければ俺の体はエンジンがかからない。
やけになるのは何も寒さだけではない。
この広い戦線を大量のソ連軍から守るには絶対的に戦力が不足しているのだ。
いや戦力などとは呼べないだろう。
第96歩兵師団の第283連隊の作戦司令部のある地点から最前線の第一防御ラインまでは約3km(80へクス!)の横長の戦線になっている。これはここを東西に走る道路があるためで、ソ連軍はこの道路を通って戦線突破してくるのは確実と見られている。
そのため第1防御ラインと第2防御ラインがあるのだが、第1防御ラインから第2防御ラインの間(約1.5km)には、東西に走る主道路の他に2本の小さい道が通っており、3本の道路を全て守るには絶対的に兵力が不足している。
そのため第1防御ラインには木製の銃座トーチカを6つ設置し、戦車の通り道となる道には数名の戦車猟兵と偵察隊を掩蔽させておくことが精一杯であった。
そしてこの第1防御ライン〜第2防御ラインの間には合計8箇所のVH(70ポイント)が置かれていた。
これだけ薄い防御拠点ではまず敵の第1波で全てのVHは奪われるだろう。
戦車猟兵がどれだけの敵戦車をやっつけてくれるか・・
この時期、1943年の1月はパンツァーファーストがまだできていない。したがって歩兵は対戦車地雷や手榴弾で戦車を仕留めるしかないのだ。まさに肉弾攻撃である。
そしてその後ろに第2防御ラインとして、歩兵2個小隊と機関銃トーチカ(これも木製)が数個あり、この第2防御ライン〜司令部の間の1.5kmには最重要拠点である「ヒル309」「ヒル310」「ヒル311」がある。言っておくがここは決して渋谷ではない。
だが事実上、第2防御ラインを突破されれば我々にはどうにもならないだろう。なぜなら敵戦車を食い止める手段・兵力がないのである。
そうなのだ。
我々は502重戦車大隊のタイガー戦車が来るまで敵を食い止めなくてはならないである














