「Village Life」 H2H 7.1 fr
1944/ 8/10 フランス、カーン近郊
UK(Delay): German(advance)
Turn 12
C&C on
(シナリオの両軍部隊を若干修正)
俺の名はdomo。職業は軍人だ。
domo戦記もこれで3回目になる。前回まで俺の戦記を読んでくれたことを感謝する。
俺としてはリハビリ生活の中、ただの暇つぶしで書き始めたのだが、こんなに反響があるとは思いもしなかった。
どこまで続くか俺自身もわからない。
もし元気になったら今度は「社会」という近代文明が作り上げた巨大で虚しい戦場に出て戦うことだろう。
果たしてそんな戦いが人生にとって何の意味があるのか俺自身はまだ分かっちゃいないし、わかりたくもない。
おっと今日はのっけからこんな調子だな。
まあ今回もそんなこんなで書き綴っていくことにする。
例によって暇な奴は読んでくれ。
インドで負傷しグルカ兵と別れを告げそのままイギリスに帰ったわけだが、療養はうまいものを食べ恋愛することが一番の薬であると誰が言ったか言わなかったかということで結論になり、フランスでワインと舌鼓をするような絶品な料理がまた食べたくなりフランスに渡ることにした。
といっても1944年の8月は連合軍がノルマンディーに上陸して2ヶ月しか経っておらず当然パリはまだ解放されていなかったため、正規のルートでは入れなかった。
そのためイギリスの情報部員「ジェームス・セメダイン」に頼んで、途中まで軍の飛行機で行きその後はイギリス陸軍に同行してフランスに入ることになった。
ノルマンディーから少し内陸に行くとカーンという街に着いた。
何もないぜと聞かされていたが、ほんとうにここには瓦礫以外何もなかったことに驚いた。
そんな瓦礫を見ていると俺の足は自然に急ぎ足になった。
奴らの行く先はみんなこんな瓦礫だらけになるんだろうかと思うと気が気でない。
だが俺以上にイギリス軍の方も急いでいた。
上陸後、各地でドイツ軍との激戦があり作戦が遅れていたのだ。
そしてやつらはカーンから国道158号線で30km程のファレーズという街を目指していた。
またここで彼らはドイツ軍の反撃に遭うにちがいない。
まあ、がんばってくれ。
いいか、言っておくが俺は今回戦いに行ったわけじゃない!
療養に行ったんだ!くそったれめが!
イギリスの情報部員が用意してくれた家はカーンとファレーズの間の山あいにある。
そのため俺はここまで連れてきてくれたブラックウォッチ連隊のルドロー大佐に礼を言い別路を行くことにした。
家についた俺は持ってきたカメラを取り出した。
そうなのだ。以前出会ったロバート・キャパという青年に影響を受け、今回は療養をかねて戦場の写真を撮ろうと思っているのだ。
翌日さっそくカメラを持って部隊を尋ねた。
《1ターン》
今回の戦場は広い。南北に3㎞(60へクス)にも及ぶ国道を守らなければならない。
そしてこの国道上の5ヶ所にVHが全部で9個点在している。
そして現在3ヶ所、6個のVHがイギリス軍のものであり、残りの2ヶ所の3個はまだどちらもとってないVHである。で、この残りの3個のVHだけは性質が違っており各ターンの終わりの所有側に得点がいくようになっているものである。
一応イギリス軍は敵の進撃に備えて塹壕を掘って待機しているようだった。
だがこれだけ広い前線を守るのは一苦労だろうな。
俺はまずルドロー大佐に話しかけることにした。大佐はブレンキャリアーがお気に入りらしく、これに乗っているとトイレに入っているようで落ち着くんだそうだ。
俺はこれから写真を撮るからとよろしくと言うと、大佐はパイプを加えながらポーズをとった。フィルムがもったいないから大佐の写真を撮ったふりだけをして、大佐から許可をもらい従軍カメラマンになる。
余談だがこのルドロー大佐がいるイギリス第51歩兵師団のブラックウォッチ連隊を諸君はご存知であろうか。古くはナポレオン戦争などにも活躍した誉れ高い英国のスコットランド師団であり(西ヨーロッパ戦線ではブラックウォッチ連隊の第1、5、7大隊)、戦場でバグパイプ隊がおりマーチを演奏してくれるのはいいが、ただこいつらの衣装というかスカートのようなキルトだけはごめんだ。
塹壕にいる兵士にカメラを向ける。
笑顔でポーズをする兵士。
このまま戦闘が起こらなければいいのだが・・・










