「White Tiger」 H2H fr 7.1
1944/6/7 インド Ningthoukhong
India(defend) × Japan(advance)
12ターン
C&C on
ASL Scenario A47 「White Tiger」
俺の名はdomo。職業は軍人だ。
前回、俺の記憶をぶちまけた「domo戦記」を読んでくれて感謝する。
忘れねえうちに「domo戦記2」を書いておこうと思い筆を執った。
まあ暇なら読んでくれ。
それは俺が生まれて初めてインドという国に行ったときのことだ。
もちろんインド軍に参加してー
そのインドの思い出は・・何というか・・忘れることの決してできない体験でもあった。
今も度々あのときのことが夢の中で繰り広げられる。
悪夢・・・・
その悪夢をこれから語ろう。
インドは当時イギリスの植民地であった。そのインドに侵攻してきたのが日本軍である。日本軍の「インパール作戦」(日本名 ウ号作戦)と呼ばれる無茶苦茶な作戦により、俺は現地のグルカ兵と共にイギリス軍に加わることになった。
グルカ兵― 実に優秀であった。今ではブーメランのような形をした「ククリナイフ(kuhkuri Knife)(ゲームにも第3兵器ででてきます)」が知られるが、グルカ族の男がこのナイフを授かるとき、それは戦士としての証であるというのだからこのグルカ族というのは戦闘部族なのである。
「Kaphar hunnu bhanda marnu ramro」(臆病者として生きるより死んだほうがいい)
これがグルカ兵士のモットーである。(余談だがFlashfyreSP氏もこの言葉を引用している)
このグルカ兵がジャングルでゲリラとして日本軍と熾烈な戦いをして展開してきたのだ。
俺がインドで初めてグルカ兵と行動を共にしたのは、1944年の6月である。
(もちろん記憶力のいい読者ならば、俺が5月にイタリアにいたことはご存知であろう)
俺が着いた村ニントウコンでは俺の到着を歓迎してくれた。暖かい歓迎であった。
このニントウコンという村は、村の外側を川が流れており、この村に入るには2つの橋を渡るか川を横断するしかないのだが、この川の深さは大したことなく戦車でも渡れそうだ。
イギリス情報局は日本軍はもはや進撃できるだけの兵力はないと言っていたが、果たして日本軍にどれほどの戦力があるのだろうか・・・
俺がこの村に着いて今日で一週間が経つが、雨の日が続いていて晴れた日はほとんどなかった。正直インドはこんなに雨が降るとは思ってもいなかった。
昼間ジャングルから戻ったグルカ兵によれば、日本軍は弾薬はおろか食料も底をついていて相当消耗しているという。それにもましてこの雨だ。やつらもやって来ないだろう。
昼飯は俺の大好物のカレーだ。インドに来た理由もこのカレーが食いたかったというのが本音かもしれない。
本場のカレーはうまい!もちろん手で食べるのだが。
その時だった!
「敵襲!!」
「全員配置につけ!!!」
俺が飯を食ってるときにきやがった。許せねえ!
《1ターン》
俺はカレーを口一杯にほおばりながら配置についた。
雨が一層激しくなってきた。
くそう、これじゃあ敵がよく見えねえ。
司令部から川の外に配置についたD小隊のやつらと無線がつながらないらしい。
突然の敵襲で混乱している模様だ。
ということは当然In Coverなんてとれてない。
まだ敵が見えない。
だが確実に敵は近づいてきている。
まるで津波が襲ってくるかのようなこの恐ろしさ。
これは一体なんだ。敵の姿が見えないにもかかわらず肌を刺すようなこの殺気は。
こんなことはこれまでどの戦場にもなかった。
おいおい、こりゃまずいぜ・・










