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【映画】『愛を読むひと』

Posted: 2009.Nov.15(Sun) 00:06
by Nor
愛を読むひと(The Reader) 2008 アメリカ・ドイツ 
スティーブン・ダルドリー監督。ケイト・ウィンスレット(オスカー受賞)、レイフ・ファインズ主演。
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朗読者 2000 ベルンハルト・シュリンク 松永 美穂(訳) 新潮社
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<はじめに>

10年くらい前に原作の「朗読者」を読んで大変感動し、同じ本を読むことのない私が珍しく三回も読むくらい当時は面白いと思ったことは覚えているのですが、さて今回映画版を観てみると「面白い。でもこんな話だったっけ?」と内容をさっぱり覚えていないことに愕然としました。アウシュビッツの女看守に本を読んだらベルトでしばかれた、くらいしか覚えてなかった私は記憶障害かもしれません(笑)。

で、再度原作を読み直してみるとやっぱり面白い。映画の方は原作をかなり忠実に再現しているのですが、微妙に違う部分があって、それは映画化に伴う制約という以上に製作者の意図的なものを感じます。しかしそういった改変部分も含めてかなり面白い。つまり原作も映画も両方とも楽しめる、珍しく上手に映画化された作品だと思います。


<戦後世代の深~い悩み>

戦後復興期50年代の西ドイツ。15歳の少年ミヒャエル(映画では残念ながらマイケル)は20歳も年上の女性ハンナ(ケイト・ウィンスレット)とひと夏の恋に落ちる。しかしハンナはある日突然姿を消し、二人が再会したのは数年後のホロコースト裁判だった。法学生になっていたミヒャエルは被告席に坐るハンナの姿をみて、初めて彼女がアウシュビッツの看守だったことを知るが・・・という感じのストーリー。

いくつものテーマが重なりあい、ドラマチックな展開目白押しで、最後も強烈な終わり方で観客・読者に深い余韻を残します。ある意味で謎はほとんど解明されず、受け手次第でどのようにも解釈できるのが本作が成功した最大の要因でしょう。この点が逆にスッパリとした分かりやすさを求める方には不評のようです。

世代的にいうと、主人公ミヒャエルは団塊の世代にあたり、二人が裁判で出会うのは60年台半ばで、日本では東京オリンピックとかやってる時です。そういう時期にドイツではアウシュビッツ裁判とかやってたと思うとシミジミしますねえ。本作はフィクションですが、こういう時代背景は事実をもとにしています。しかし裁判の描写は、単純に日本に比べてドイツは自分で反省してエライ!とは思えない皮肉っぽい内容です。

たまたま生き延びたユダヤ人が体験記を書いて、そこに名指しされたことからハンナ他ぺーぺーの女看守たちは裁判にかけられます。もっと高位の責任者はいただろうに、いや現に元ナチたちはその時代のドイツに生きているだけでなく、結構なポストにさえついているのは周知の事実なのです。いわばハンナたちはスケープゴートだったのですが、法曹の卵としてのミヒャエルはそれを知った上で、それでもハンナは裁かれるべきだと考えます。そもそもミヒャエルの属する戦後第一世代は親の世代の戦争責任を声高に非難できる立場にありました。曰く、当時のドイツ国民が見てみぬふりをしたせいだと。

しかし非難の対象がハンナになる時、ミヒャエルは苦悩します。自分の父は責めることができても、かつての恋人は簡単には責められない。さらに悩ましいことには、ミヒャエルはハンナの罪を軽くできる証拠を握っているのです。彼女を助けるために行動を起こすべきか?しかし彼女の意に沿うのか?自分は本当にそうしたいのか?結果的にミヒャエルは何もしないことを選びますが、それはまさに彼の世代が責めていた「見てみぬふり」でもありました。

ミヒャエルが求めたのはハンナを「理解」することでした。長い刑期の後ハンナと再会した彼は、看守時代を思い出したことがあるかと聞きますが、ハンナの答えは少なくともミヒャエルの期待に沿うものではありませんでした。結局、ハンナの内心は曖昧なままです。ミヒャエルはハンナに対して複雑な感情を生涯抱きつつ、ついに理解できなかったのかもしれません。エンディングは原作と映画で異なります。どちらも捨てがたいのですが、映画の方が希望が持てる終わり方になっています。

似たような強制収容所の女看守の物語としては、「黙って行かせて」があり、こちらは女看守を母に持つ娘(著者)が、いまわの際の母と再会するノンフィクションです。「朗読者」と比べると作品としての出来はぐっと落ちますが、お話の衝撃度と読後感の悪さ(笑)では圧倒的に上です。「朗読者」ではハンナが抱える秘密がナチ協力のエクスキューズになりうるし全てが曖昧なままなので、ハンナに対して共感もできようかという感じなのですが、「黙って行かせて」の方はミヒャエルと同じような立場にある娘が死にかけた母親に反省の言葉を言わせようとして、コテンコテンに言い返されて「お母さん、死にかけててもバリバリナチのままじゃな~いっ(泣)!」という人間のダークサイド全開なお話です(笑)。

どちらも戦後世代が身近なナチ協力者を理解しようとするお話ですが、フィクションとノンフィクションではこうも違うのか!といったところでしょうか。「朗読者」は世界に誇るベストセラーで日本でも売れましたが、「黙って行かせて」は日本ではマイナーな隠れた名作ですので要チェックです。「朗読者」か「愛を読むひと」をみて感動したあとに「黙って行かせて」を読むとまた格別だと思いますので是非。どちらも女看守じゃなくて男看守の話だったら成り立たないだろうと思うので、日本では少なくとも女性がめちゃめちゃ戦争犯罪に関わる事態がなかったのが救いですかね。

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